2005年09月30日

俳句より難しい解釈文

 懇切丁寧な説明を経て、中には解釈を超えた評価までしている、当時の教科書、と磐井さん。
 練習教材として、課題まで。
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2005年09月29日

理科の教科書でもあり

 俳句に季語がある、という意味では、まあいいだろう。
 川柳を歴史みたいに教えている人もいる。嫌みではないつもりだが。
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2005年09月28日

四季の月

 詩・歌・句の抄でできているところを、俳句だけ取り出し、明治の写生の基準だけ述べるのは、ホトトギスの独善、と磐井さん。
 同感。
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2005年09月27日

連作に意味?

 連作自体に意味がある、と言えど、作品の形式は一行詩なのだから、ということも忘れてはなるまい。
 また、一つだけ取り出して、説明を加えるような紹介をしなくてはならないのなら、多くの作品の中に置いて、意味を語らせるのもありと思う。
 どちらにしても、短詩系の教材への取り込みは、ポエムに比べて難しい気がする。
posted by 木村哲也 at 13:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月26日

個別の俳句評釈

 教科書収録の俳句の批評について、磐井さんが妥当でないものがあるとしている。
 多く並べられたものの最初と最後の2句のみの批評は、作者は心外では、と。
 あえて反発しないが、短詩系特有の問題を思った。
 明日に。
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2005年09月25日

読本の体系

 文学の体系や読本の体系で採り上げる俳句と、俳句運動体での体系での俳句とは違う、と磐井さん。
 虚子の主張が通らなかったのは、虚子に名誉、とも。
 無意義、ともあるが、やや意味不明。
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2005年09月24日

ホトトギスの体制が固まり

 写生の提唱と、読本キャンペーン、と磐井さん。
 代表的な『尋常小学読本』、国定ではないがレベルの高い『中学読本』、やや落ちる『女学校読本』。
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2005年09月23日

存問はまたいずれその項目で

 読本批判を見ていく。
 大正7年からホトトギス誌上で、俳談会を掲載。当初は、虚子の句の評など。
 そのうち、部外の批判にも答えた、と磐井さん。
posted by 木村哲也 at 05:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月22日

存問とは

 広辞苑では「安否を問うこと。慰問すること」。カッコ書きで、「存」は見舞う意、とある。
 簡単な漢字を使っていても知らない語があるものだ。
 で、虚子は挨拶の意味で使っている、と磐井さん。
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2005年09月21日

その他の主要な問題

 @読本批判 A揺れる有季定型 B存問論 C俳句文学論 という。
 Bは何だろう?
posted by 木村哲也 at 18:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月20日

私の標語

 虚子の命名、と磐井さん。「花鳥諷詠」と同義語とも。
 「古壺新酒」「諸法実相」「『深』は『新』なり」など。
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2005年09月19日

第5章 虚子論の総括

 「第1節 読本批判」の、読本中にある俳句、から。
 虚子の体系的俳句理論を、ほぼもれなく点検してきた、と磐井さん。
 確かに、ブログでは再引用は避けたが、膨大な資料。
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2005年09月18日

20世紀初頭で

 日本の古風な伝統的文芸に、独自の世界を構築したことは世界史的に見ても驚嘆、と磐井さん。
 失礼ながら、ややオーバーか。唯一と言っていないからいいが、独自かどうかは簡単にはわかるまいから。
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2005年09月17日

季題趣味的な俳句だけでなく

 虚子の句作法は、記号的俳句を生み出した、と磐井さん。
 言語を自ら記号化し、常識的処理なら季題との類型的な関係を作り、先鋭的な処理を進めれば、記号が独自に語り始める、とも。
 趣旨はわかったが、虚子の句に( )をした中に、磐井さんが具体的な語を入れる作業はないままなのが残念。
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2005年09月16日

形式と実体

 俳句とは何かの問題を抱え込むような、昨日の形式の俳句は、季題趣味より批評に値する、と磐井さん。
 確かにそうだが、具体的に季語以外のも入れるとかしての、相対的鑑賞がないので、失礼ながらやや及び腰の感じを受けた。
posted by 木村哲也 at 10:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月15日

カッコにくくる

 流れ行く(  )の早さかな
 (  )に影といふものありにけり

 記述自体は、(  )の中が何であっても成り立つ、と磐井さん。
 で、形式だけで成り立っても、虚子の傑作、と。
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2005年09月14日

季題趣味でない虚子の句

 伝統性とも関係しない、近代性の象徴の句としての磐井さんによる例示のうち、いくつか。

 川を見るバナナの皮は手より落ち
 去年今年貫く棒の如きもの

 で、この四日間は、磐井さんの『定型詩学の原理』からの引用、との部分から。
 
posted by 木村哲也 at 06:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月13日

人に先駆けて

 「一つの季語から見出せる《本質的類型句》の中からすぐれた句を人に先駆けて生み出す」のが、季題趣味俳句の意味、と磐井さん。
 だれでも生み出せるから、共感も得やすい、とも。確かに。
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2005年09月12日

類型句

 季題趣味は一種の類型句で、一種の言語使用の頽廃、と磐井さん。
 精神的緊張がなくなる、と。いつかは本質的に類型句が生じる、と。
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2005年09月11日

予定調和

 歳時記の例句に虚子は不可欠。
 しかし動きようのない季語が、予定調和で、「発見」の意味がやや違う、と磐井さん。
posted by 木村哲也 at 01:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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