2005年10月31日

犬筑波集

 佐保姫は春立ちながら尿をして

 和歌の正統的なコンセンサスに対して、磐井さんがものを言うなら、磐井さんの引いた、実作である上のようなものだけのほうがよかったように思うが。
posted by 木村哲也 at 09:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月30日

無風流心の者

 「花見客十四五人は居りぬべし」と、磐井さんはもじってみせ、子規の「鶏頭」の句を何とでも詠めるという人は、表題のように、協調性がない、と言っている。
 趣旨はわからなくもないが、なぜもじった句が駄句なのかは、俳句系以外の人にはわかりにくい。
posted by 木村哲也 at 14:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月29日

うまい例えだが

 山本健吉によるものか、磐井さんか、不明。後者かな。
 「おはよう。いい天気ですね」はというあいさつには、談笑の場を期待していると。
 こっけいなら、「何言ってやがる、雨が降りそうじゃねえか」と揚げ足を取ると。
posted by 木村哲也 at 15:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月28日

挨拶と滑稽

 一つの俳句の中で同居することが奇妙、と磐井さん。
 対照的に現われるはず、と。
 確かに。
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2005年10月27日

笑みかける芸術

 子規の「鶏頭」の句、虚子の「箒木」の句を激賞する健吉ながら、「存問」はともかく、「滑稽」では、表題のことに程遠い、と磐井さん。
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2005年10月26日

無心の文芸

 俳句とは、和歌的・連歌的感傷から解放された、無心の文芸、と山本健吉は言っている、と磐井さん。
 また、挨拶と滑稽とでは、山本は挨拶のみに俳句の本質性を絞ってしまった、とも。
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2005年10月25日

芭蕉の作品で

 季題趣味は縁遠いと山本健吉が言っていた、と磐井さん。
 しかし、最も「古池」の句にしても、けばけばしくなくても季節感はある、とも。
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2005年10月24日

俳句の無時間性

 滑稽、挨拶、即興、を確信した山本健吉は、新興俳句を批判する、と磐井さん。
 季語や切れ字の忌避、連作の提唱は、俳句固有の方法論である「無時間性」を放棄、と。
posted by 木村哲也 at 14:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月23日

「第二芸術」とセットで

 存問論を第二芸術とセットで見るべき、と磐井さん。
 挨拶・滑稽・即興の三概念で、俳句は詩でないとする山本健吉。
posted by 木村哲也 at 14:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月22日

健吉が虚子の句

 帚木に影といふものありにけり

 を高く買っていながら、虚子は無視し続けた、と磐井さん。
 いい緊張感、とも。すごい表現。
posted by 木村哲也 at 10:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月21日

存問論

 以前にちょっと先に見た。
 虚子からは大したことは得られないが、それだけに不気味ではある、と磐井さん。
 山本健吉が存問論者だったと。
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2005年10月20日

熱帯季題は失敗でもなく

 植民地であることも鑑賞の妨げにはなっていない、と磐井さん。
 題に希望を与えた、と。
 しかし、この間の磐井さんの論の進めには、ややはぐらかしのようなものも感じたのが、失礼ながら正直なところだが。
posted by 木村哲也 at 10:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月19日

植民地の季題を整理

 よって熱帯季題が削除されたわけだが、おかしい、と磐井さん。
 確かに。
 花鳥でないものを選んだわけでないなら、政治に関係なく季題は拡大すべき、と。
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2005年10月18日

熱帯季題の削除

 皇室(紀元節、など)、軍隊(入営、など)関係は、戦後は当然の削除、と磐井さん。
 確かに。
 で、朝鮮(温突(オンドル)、など)、中国(爆竹、など)、南方(四迷忌)、極地(北極光、など)も削除、と。
 詳しくは明日。
posted by 木村哲也 at 14:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月17日

熱帯季題

 当時はあまり想定されていなかっただろうが、一度でも認めたことには、頭の柔らかさを感じる、とあえて言っておく。
 天文ではスコール、地文では南洋、地名ではインド洋、動物では象、植物では椰子、特別の行事では馬来正月、など。
posted by 木村哲也 at 06:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月16日

長谷川零餘子

 ホトトギスの編集をしていた、タイトルの人の歳時記に、以下の季語が初出、と磐井さん。
 「冬暖か、屏風、息白し、嚔」など。最後の字は「くさめ」、つまり「くしゃみ」か。
posted by 木村哲也 at 08:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月15日

虚子の新季語

 冬だと、三寒四温、日脚伸びる、隙間風、など、と磐井さん。
 大陸や北海道での句会の成果を活用、と。
 確かに、京都、東京だけが日本ではない。
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2005年10月14日

虚子と歳時記

 ホトトギスの付録などで「季寄せ」を出していた虚子は、昭和9年に『新歳時記』を本格的に刊行した。
 12か月別などは不便で使いにくく、むしろ伝統的な季の決定であったが、季語の取捨が行なわれた、と磐井さん。詳細は明日。
posted by 木村哲也 at 10:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月13日

秋櫻子や楸邨には

 一貫した真理があった、と磐井さん。
 だが、虚子を否定はせず、一歩一歩つきあっていくと。
 小生も、ともかく読み続ける。
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2005年10月12日

虚子の態度

 広義の俳句を認めなかった虚子だから、詩に越権した。
 で、ホトトギスのためだけに自説を一時的に曲げ、しかも戦後はそれをしなかったことにしたのだから、確かに磐井さんの言うように、虚子の汚点か。
posted by 木村哲也 at 06:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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